銅像ハンターtaguttiの銅像ハンティング記

銅像好きがこじれて20年以上。日本中の銅像ハンティングは続きます…

鹿児島県編  その2

〇馬場藤吉 (1875~1922)

 この地区の農地開発を進めた医者、農政家。その努力により、貧しかったこの地区に1891年の開田願書の提出から1918年の工事完成を為し、「蓬原(ふつはら)開田」を成功させた。

<馬場藤吉像>

場所:有明開田の里公園(鹿児島県志布志市有明町野井倉1530-1)

竣工:2004年11月

像高:

作者:

撮影時:2020年3月20日

説明:石像である。

 

〇野井倉甚兵衛 (1872~1960)

 この地区の農地開発を進めた農政家。1892年頃から計画し、1942年に実際の工事を開始、1949年に「野井倉新田」の開拓に成功した。

<野井倉甚兵衛像>

場所:有明開田の里公園(鹿児島県志布志市有明町野井倉1530-1)

竣工:2004年11月

像高:

作者:

撮影時:2020年3月20日

説明:石像である。馬場藤吉像と並んで立っている。野井倉地区の開田は、34か所もの用水トンネルが必要で、1949年にすべてが開通したときは、野井倉氏が小舟で最後のトンネルから姿を現すことでおこなわれたという。

 

〇山本末作 (?~?)

 実業家。㈱山本組の創設者。会社は1941年創業。脇には富子夫人の像も立つ。

<山本末作像>

場所:山本組(鹿児島県志布志市志布志志布志995)

竣工:

像高:

作者: ㈱竹中銅器

撮影時:2020年3月20日

説明:会社の敷地内に立つ。

 

〇黒木隆之 (1921~2016)

 社会福祉法人賀寿園の創設者、理事長。志布志町議、志布志町議会議長、元志布志町長(4期)。町長を辞職後、特別養護老人ホームの開設をおこない、福祉分野で活躍した。

<黒木隆之像>

場所:賀寿園(鹿児島県志布志市志布志町安楽2903-1)

竣工:

像高:

作者: ㈱四津井

撮影時: 2020年3月20日

説明:賀寿園の立つところは、黒木氏が退職金をつぎ込んで(でも足りなくて)、買った土地に立った老人ホーム。その借金も生前に返し終えたそうなので、相当な働きものであった。

 

〇川島昭人 (?~2001)

 学校法人川島学園の2代目理事長。この学校法人は、鹿児島実業高校れいめい中高、尚志館高校鹿児島工学院専門学校を持つ。

<川島昭人像>

場所:尚志館高校(鹿児島県志布志市志布志町安楽6200-1)

竣工:

像高:

作者:

撮影時:2022年3月30日

説明:尚志館高校の校門の内側の右手にいる。

 

〇川島隼彦 (?~1961)

 学校法人川島学園の創設者、初代理事長。脇には夫人の像も並んで立っている(名前はわからない)。

<川島隼彦像>

場所:尚志館高校(鹿児島県志布志市志布志町安楽6200-1)

竣工:

像高:

作者:

撮影時:2022年3月30日

説明:同じ像は鹿児島市五ケ別府町3591-3の鹿児島実業高校川島学園本部)にもある。こちらは撮影できていない。

鹿児島県編  その1

今回から予告通り、鹿児島県編が始まります。2020年春に、コロナ禍が始まったころにするっと訪問し、大隅半島の一部は2022年の春に宮崎周りの最後に訪れました。食事や旅行としてはいいところでした。春先と言うこともあると思います。桜島などの噴煙なども大人しかったし、夏になると暑いでしょうし、一番いい季節に訪れたのかもしれません。では…

 

糸川英夫  (1912~1999)

 工学者。航空工学、宇宙工学が専門。「日本のロケット開発の父」と呼ばれる・東京都生まれ。東京大学航空工学科を出て、中島飛行機に入社、戦闘機の設計に携わり、その後東大教授となる。ジェットエンジンの研究からロケット研究に進み、カッパロケット、ラムダロケット、ミューロケット、おおすみなどの開発、打ち上げに関わった。死後、小惑星25143に「イトカワ」の名がつけられたが、これは国産ロケット「はやぶさ」が、この小惑星を探査したことからである。「はやぶさ」は探査に成功し、サンプルを回収し、地球へと帰還した。

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糸川英夫像>

場所:JAXA内之浦宇宙空間観測所(鹿児島県肝属郡肝付町南方1791-13)

竣工:2012年 11月

像高:約170㎝(実際の糸川氏は158㎝)

作者:本郷寛

撮影時:2022年3月30日

説明:観測所内のロケット打ち上げ所に向かう途中の分岐のところ(観測所本所の側)にたつ。氏の生誕100周年の記念である。脇には「おおすみ」(わが国初の人工衛星)の記念碑も立つ。像を見るには、観測所の守衛所で申し出る必要がある。時間と氏名を記入すれば、車で入ることができる。

場所は、東シナ海を見下ろすことのできる場所であるが、風が強い。確かに宇宙ロケットの打ち上げに適した場所である。

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(敷地内の巨大パラボラアンテナ)  (人工衛星おおすみ」の記念碑)

 

二階堂進  (1909~2000)

 政治家。科学技術庁長官、北海道開発庁長官、自民党幹事長、副総裁などを歴任。鹿児島県肝属郡高山村(現肝付町)出身。二階堂家は鎌倉時代からの名家で、生家は国の重要文化財となっている。戦前アメリカの大学を出ると、戦後衆議院議員となる(当選16回)。田中角栄を慕い(「趣味は田中角栄」と言ったそう)、田中派を作った。

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二階堂進像>

場所:二階堂家住宅(鹿児島県肝属郡肝付町新富5595)

竣工:

像高:

作者:

撮影時:2022年3月30日

説明:「二階堂家住宅」は江戸時代の薩摩藩郷士武家住宅として、国の重要文化財(1975年指定)。「オモテ」と「ナカ」が直交した雁行型の寄棟造の萱葺き。像はその庭にいる。入館は有料である。実際に二階堂氏が住んでいたところは、この建物の奥に現存する。

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〇河野直吉 (1888~1977)

 実業家、政治家。肝属郡議会議員から村会議員を経て、肝付町長を戦前、戦後で通算18年間務める。風水害後の復興と町財政の再建に尽力した。

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<河野直吉像>

場所:肝付町役場(鹿児島県肝属郡肝付町新富98)

竣工:1981年10月

像高:

作者:

撮影時:2022年3月30日

説明:町役場の正面に立つ。

 

〇永田良吉 (1886~1971)

 政治家。鹿児島県肝属郡姶良村(現鹿屋市)生まれ。大姶良村議会議員、同村長、鹿児島県議会議員を経て、衆議院議員(8期)、鹿屋市長(3期)務める。鹿屋航空基地(神風特別攻撃隊の出撃地のひとつ)を海上自衛隊の基地として誘致したが、村議会議員時代から飛行機に注目をしており、「ヒコーキ代議士」と呼ばれていた。

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<永田良吉像>

場所:鹿屋市役所(住所)

竣工:1967年 11月

像高:

作者:中村晋也

撮影時:2020年3月20日

説明:鹿屋市役所の本庁舎の入り口左側にいる。鹿屋市役所の裏手には、廃線となった旧大隅線の鹿屋駅が保存され、「鹿屋市鉄道記念館」となっている。

 

〇水口住則 (1917~?)

 実業家。寿自動車学校の創業者。もともとは「水口工務店」と言う建設業(製材、瓦製造も手掛ける)だったが、業務上免許を取ろうと運転免許試験場に通ったが、14回目にやっと合格だった。そこで、免許取得に苦労が減るようにと、自動車学校を設立したそうだ。

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<水口住則像>

場所:鹿屋寿自動車学校(鹿児島県鹿屋市札元1-13-30)

竣工:1996年3月

像高:

作者:田畑功

撮影時:2020年3月20日

説明:正面玄関の脇に立つ。耳毛のインパクトの強い像である。銘文から寿像であることがわかる。

 

〇上別府市郎 (~2001)

 畜産家。鹿児島黒牛を全国ブランドに高めた。1976年に「第20平茂」を見出し、全国有数の種雄牛に育てた。

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<上別府市郎像>

場所:肝属中央家畜市場(鹿児島県鹿屋市田崎町1147-1)

竣工:2008年2月

像高:約1.75m

作者:田畑功

撮影時:2020年3月20日  

説明:1990年に設置された氏が生産した「第20平茂号」と並んで立ち、手綱を引くポーズで作られた。後から増設の形なので、作者は結構難しかったのではないか?

鹿児島きもつき農業協同組合串良配送センター(鹿児島県鹿屋市串良町有里5095-1)にあったが、2020年12月に肝属中央家畜市場に移設された。移設は、地域の和牛関係者から「地域の畜産振興の中心地」への移設が要望されたことかららしい。私は上記の当初地で撮影をしたが、畑地の広がる田舎にあったので、移設先は関係者には目立つ土地なのであろう。Googleストリートビューを見ると入場時に消毒が必要で、一般者には少し面倒くさいかもしれない。

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ちなみに、鹿屋市には、「鹿屋航空基地史料館」(鹿屋市西原3-11-2)に、「特攻隊の像」があるが、コロナ禍で入定ができなかった。また「鹿屋長寿園」(鹿屋市下祓川1800)に理事長だった「池田哲夫氏の像」があるが館内のため撮影を遠慮した。

 

神奈川県編  その19

〇石井平 (?~1988)

 事業者、政治家。相模川西部の水利組合(のち土地改良区)の理事長として、農業用水を引き、相模川西岸地区の農業発展に寄与し、県議会議員(5期)勤めた。

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<石井平像>

場所:大相模水神社(神奈川県厚木市船子)

竣工: 1989年10月

像高:

作者: 立体写真像(盛岡公彦)

撮影時:2022年4月9日

説明:東名高速道路厚木インターの近く、恩曽川と玉川との合流点にある。この玉川がかなりの暴れ川で、たびたび氾濫を起こしていたらしく、河川改修を経て、現在の流れになったようだ。現在の合流点の少し南に石井氏の関わった用水の取水口がある。いろいろとブログを探索していると、かつては毎年田植えの前に、この大相模水神社に、

厚木市長、海老名市長が訪問するほど重要視されていたそうで、その際に用水路の取水口が開かれる儀式があったようだ。

 

〇本間重連(ほんましげつら) (?~?)

 鎌倉時代中期の武将。依智六郎左衛門尉。北条(大仏)宣時の被官で、相模国依智(現神奈川県厚木市上依知)に邸宅があった。1271年、日蓮が龍ノ口の法難(日蓮が忍性に難癖をつけ、それがきっかけで斬首されそうになるが、奇跡が起きたために佐渡流罪になった事件)の後、この本間重連の屋敷に約1カ月間留め置かれた。重連はこの時に日蓮に帰依したと言われる。ちなみ重連佐渡国守護代だった(守護は主君の北条宣時)。寺に重連の墓がある。

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<本間重連像>

場所:妙純寺(神奈川県厚木市金田295)

竣工:

像高:

作者:

撮影時:2022年4月9日

説明:像は総門の右側にあり、脇には大きな日蓮像も立つ。境内には日蓮が奇跡を起こした「星井戸」(日蓮の祈禱により庭の梅の木に明星が降り落ち、この井戸に入る。妙純寺の山号は明星山)がある。

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〇本多菊近 (?~?)

 農政家。神奈川県高座郡座間村新田宿(現座間市)生まれ。相模川右岸の土地改良区に尽力し、相模川の堤防建設、農業発展に寄与した。

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<本多菊近像>

場所:座架依橋の下(座間市の水と緑の広場近く)(神奈川県座間市新田宿)

竣工:1989年5月

像高:

作者:「志郎」のサインあり

撮影時:2022年4月9日

説明:座架依橋の下、相模川の右岸に立つ。上記の場所を目標に向かうと近い。

 

日蓮

 略

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日蓮像>

場所:法華塚(神奈川県)

竣工:2002年4月

像高:

作者:

撮影時:2022年4月9日

説明:この地の近くにある円教寺の住職、日範、円教が、鎌倉時代法華経の文字を石に写し、奉納した上法華塚、下法華塚を作った。しかし1937年に陸軍士官学校がこの地に移転され、2年後に校地が拡張されると、両法華塚が接収され、丘の下に移された。その後2002年に日蓮の立宗750年を期して、法華塚の再興を念願してこの像が立てられたそうだ。丘の斜面に像は立つが、丘の上は今でもアメリカ海軍のキャンプ座間である。また円教寺は、日蓮佐渡に流される際と、病気治療のため甲斐国の身延から武蔵国の池上に移る際の二度、休息をした場所だそうです。

 

空海弘法大師) 

 略

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空海弘法大師)像>

場所:星谷寺(神奈川県座間市入谷西3-12)

竣工:

像高:

作者:

撮影時:2022年4月9日

説明:星谷寺(しょうこくじ)は、板東巡礼三十三観音の8番札所で、「星の谷観音」と呼ばれる。奈良時代の開基とされ、「星の谷観音の七不思議」が残されている。「星」の由来は、その七不思議のひとつ、昼間でも底の水に星が映る、「星の井戸」から来ている。

 

〇山本十九三 (?~?)

 政治家。山北村長を経て、県議会議員(6期)。県議会議長などを歴任する。

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<山本十九三像>

場所:丹沢湖美保郵便局手前の緑地内(神奈川県足柄上郡山北町中川)

竣工:

像高:

作者:

撮影時:2014年2月6日

説明:三保ダム(丹沢湖。1969年着工、1978年完成)の建設に尽力したのだろう。

 

一応、神奈川県編をいったん終了します。県下では、東海大学松前信義、山田守)、神奈川工科大学中部謙吉)、北里大学北里柴三郎)、松蔭大学吉田松陰)、神奈川大学米田吉盛)、慶応大学日吉キャンパス(福沢諭吉、藤山雷太)、慶應義塾大学湘南キャンパス(福沢諭吉)、鎌倉女子大岩瀬キャンパス(?)など、大学内の銅像があることはわかっていますが、コロナ禍の関係で大学構内への立ち入りが制限されているので、今は訪問を自粛しています。また高校関係でも、浅野高校(浅野総一郎)、向上高校(校舎内にあるのはわかっていますが人名は不詳)、湘南高校赤城愛太郎)、公文国際学園公文公)、鶴見大付像高校(中根環堂)、森村学園(森村市左衛門)、湘南学院高校(創業者ほか3名)なども同様です。鶴見大付属高校、湘南学院高校は過去に写真を撮ったのですが、整理できていません💦

また、川崎の藤子不二雄ミュージアム及びその近郊に、藤子不二雄のキャラクター群があるのですが、まだ訪問できていません。そのうちに(藤子不二雄Ⓐ氏が亡くなったのでそのほとぼりが冷めてから)訪れましょう。

それ以外にも、鎌倉カントリークラブ(手塚誠)、相模原ゴルフクラブ高石眞五郎)、スリーハンドレッドゴルフクラブ五島昇)などのゴルフ場も、そういう趣味がなく、撮れていません。キリンビール横浜工場(磯野長蔵&伊丹次郎&米井源治郎&カンブリヌス)、森永製菓鶴見工場(森永太一郎)、TEPCO電気の史料館ニコラ・ステラ)などは工場見学が必要で、なかなかチャンスが訪れません。

また、総持寺螢山禅師ほか)、修廣寺(典座と道元)などの寺院系は、日蓮空海などはあまたあるので、どう処理するか考慮中です。

カップヌードルミュージアム安藤百福)、よみうりランド八祖師)などの有料施設内、丹沢山中の尾関廣アメリカ海軍厚木基地D・マッカーサ―、などなかなか訪問できないところもあります。これ以外にも崎陽軒本店(野並)、東亜鉄工浅野総一郎)など入れないところのあります。ああそういえば、JR東海道線京浜東北線に乗っていると、横浜方面から東京に向かう途中、新子安駅を過ぎたあたりで、進行方向左手に見える線路際のお宅に見えている謎の銅像(笑)もありますね…

こう見るとまだまだ行かなければならないところも多々あるようですが、一度神奈川県編は終了として、そのうちに追加版を出しますので、乞うご期待です。