〇吉村虎太郎 (1837<天保8>年~1863<文久3>年)
人物 幕末土佐藩の志士。土佐国高岡郡芳生野村(現高知県高岡郡津野村)の庄屋の家に生まれる。1859<安政6>年檮原村の大庄屋となる。若くして尊攘思想に傾倒し、1861<文久元>年武市半平太が土佐勤皇党を結成すると加盟、その後脱藩した。1863<文久3>年、大和で天誅組の変を起こすが失敗、殺された。
<吉村虎太郎像>
竣工: 1968<昭和43>年12月22日
像高:
作者: 川島三郎・濱田浩造(川島三郎は濱田浩造の父)
撮影時: 2006年8月24日
説明:明治百年記念事業として、村の内外の有志の寄付を募って作成した。旧東津野町役場の近くの丘の上に、風に吹かれた姿で立っている。この地は虎太郎の生誕地に近い。立っている場所が高すぎて、写真が撮りにくい。
濱田浩造は土佐の生んだ有名な銅像作家であるが、この吉村虎太郎像はその父川島三郎(高知新聞に連載を持っていたマンガ家でもあった)の作品で、それを手伝ったのが、濱田さんの銅像政策の最初であったようだ。またこの川島三郎は、芸人劇団ひとりの祖父に当たる人である。