銅像ハンターtaguttiの銅像ハンティング記

銅像好きがこじれて10数年。日本中の銅像ハンティングは続きます…

高知県編 その28

高知県その他の人々(3)

 

 

〇小野梓  (1852<嘉永5>年~1886<明治19>年)

 自由民権運動の活動家、法学者。大隈重信を助け、東京専門学校(早稲田大学)の創立の事実上の中心者となる。

 

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<小野梓>

場所: 高知県宿毛市中央5-2-17(小野梓記念公園)

竣工:2002年8月

作者:

像高:

撮影時:2012年1月7日

説明:この地は小野梓の生誕地。2002年に早稲田大学がこの地を取得、小野梓・坂本嘉治馬像の3体を立てて、宿毛市に寄贈したらしい。像の説明によると、この像のモデルは小野が1874年に英米の留学から帰ってきたころの写真をもとに製作したとのこと。ともかく1月の日暮れは早く、もう真っ暗だった。写真の出来が悪いのは勘弁願いたい(次に訪れたときにきちんと撮りたい)。

 

 

 

竹内明太郎 (1860<安政7>年~1928<昭和3>年)

明治、大正期の実業家、政治家。高知県宿毛市の出身。竹内綱の長男、吉田茂の兄。自由民権運動に関わり、自由党に入党、その後小松製作所日産自動車の前身の改進社などを設立、早稲田大学理工学部、高知工業学校(現高知県立高知工業高校)を創設、工業立国に尽力した。国産第一号の自動車のダットサン(DAT)の“T”は竹内の頭文字。

 

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竹内明太郎

場所:高知県宿毛市中央5-2-17(小野梓記念公園)

竣工: 2007<平成19>年3月

作者:

像高:

撮影時:2012年1月7日

説明:私がこの地に着いたのは、1月の18時過ぎで、辺りは真っ暗。ただ、写真を撮っていたら地域の人に「ご苦労様」と言われた。地域に大事にされているのだな、と感じた。

 

 

坂本嘉治馬 (1866<慶応2>年~1938<昭和13>年)

高知県宿毛市出身の実業家。同郷の小野梓の経営する出版書肆東洋館に勤務するが、小野梓が死亡し、同社は潰れた。その後神田神保町冨山房を創設、「大日本地名辞書」(吉田東五)、「大言海」(大槻文彦)などを出版した。

 

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坂本嘉治馬

場所:高知県宿毛市中央5-2-17(小野梓記念公園)

竣工: 2009<平成21>年3月

作者:

像高:

撮影時:2012年1月7日

説明:小野梓記念公園内に小野梓、竹内明太郎とともに立つ。

 

※小野梓、竹内明太郎坂本嘉治馬はその他の人々扱いではないと思いますが、写真の出来が悪いのでこのカテゴリーにしておきます。

 

〇仁尾惟茂 (1853<嘉永5>年~1932<昭和7>年)

土佐国幡多郡伊屋村(現四万十市)生まれ。戊辰戦争に従軍後官僚となり、当初熊本県に出仕、神風連の乱で大怪我を負った後大蔵省に出仕、煙草の専売事業を担当し、専売局の初代長官となる。のち貴族院議員。

 

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<仁尾惟茂>

場所:高知県四万十市中村東町1-2-5(日本たばこ産業中村営業所)

竣工:

作者:

像高:

撮影時:2012年1月8日

説明:御覧のように、写真は施設の外から望遠で撮った。そのJTの中村営業所は現在閉鎖されたようで、この銅像の行く末が心配である。

 

 

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