今回は、「ある」銅像ではなく、「ない」銅像を探索した話を…。
「日本龍馬会」なる団体が、2013年に誕生しました。
この団体が、横須賀市浦賀の愛宕山に高さ20mの「坂本龍馬像」(銅像)を
立てるべく活動をしているのですが、それから6年がたち、現在どうなって
いるのかレポートします。
現在、「日本龍馬会」のHPを見ますと、「坂本龍馬像」の建設概要が
載っています。それによると、2018年11月~2021年11月で立てる計画と
なっています(数日前に見たときは、2019年3月に立っていることになって
いたような…)。(https://www.nippon-ryomakai.jp/ryoma.html)
(※今、建設計画書を読むと、「坂本龍馬像および幕末・維新の志士群像」
の文字が…。銅像ハンターとしては、垂涎のフレーズですね…)
2019年4月4日、京急久里浜駅から浦賀駅行きのバスに乗り、「紺屋町」で
降り、該当の「愛宕山公園」を目指します。
海岸沿いよりも一本中側の旧道を進むと、右に上記のような「愛宕山公園」の
標柱が現れます。「愛宕山公園」は、1891(明治24)年に創設された横須賀市で
一番古い公園で、幕末に活躍した浦賀奉行所の中島三郎助の招魂碑の場所を
公園化したものです。標柱の上には「浦賀園」の看板が…。
階段をひたすら登ると、浦賀の港を一望できる場所があり、中島三郎助の招魂碑、
与謝野晶子・鉄幹夫妻の文学碑、咸臨丸出港の記念碑が立っています。
そこから、トレイ脇の道を南に降りると、舗装路が見えてきますので、左に。
すると、下記のような看板が出てきます。
「日本龍馬会」のHPに載るのと同じ絵が描かれています。よく見ると、
何か所か穴が開いていて、この看板ができてからの時間を感じさせます。
看板の先に広くなったところがあり、鉄パイプの骨組みが見えます。
どうもこの場所が「坂本龍馬像」の建設予定地のようです。写真を見ていただくと
わかるように、浦賀水道を見下ろし、遠くに房総半島も見て取れる、風光明媚な場所
です(訪れたときは、郵便局の配達の人がサボっていました)。
しかし、鉄パイプの骨組み以外、銅像に関する建造物はありません。少しだけ山を
削って平坦化されているくらいでしょうか?道路の反対側には、コンクリートの
管とやはりコンクリート製のドブの蓋のようなものが、積み上げられていました。
九十九折りの坂を下ると、建設事務所らしきプレハブ小屋が一棟。現状では、
銅像建設が進んでいるとは思えませんでした。建設資金の捻出に苦しんでいる
のか、横須賀市との交渉がうまくいっていないのか?わかりませんが、見た感じ
今のところ、計画が頓挫しているような雰囲気です。
まあ、横須賀市に坂本龍馬が来たという話はありませんので、ここに銅像の建つ
意味合いは薄いのです(そういっても龍馬に縁もゆかりもない函館にも龍馬像は
ありますので、銅像建設地の意味合いというのは必然ではないですが…)。
会は、浦賀ドッグの跡地にも「歴史公園」を作りたいような感じです(ただ、以前の
HPには京急の浦賀駅近くに造ると書いてあった公園のことが、今日見たHPには
なくなり、愛宕山公園を歴史公園化したいような書きっぷりです)。
以上、銅像建設に関する報告でした。今後も動きがあるようでしたら、レポートを
挙げたいと思います。