銅像ハンターtaguttiの銅像ハンティング記

銅像好きがこじれて20年。日本中の銅像ハンティングは続きます…

群馬県編 その7

〇犬塚の犬   

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<犬塚の犬像>

場所:犬塚跡の碑(群馬県吾妻郡長野原町大字大津250)※すぐ隣のポーラの営業所の住所

竣工: 1993年9月

像高:

作者:

撮影時: 2019年8月19日

説明:長野原町の大津交差点の角にいる石像である。脇に立つ由来によると、この場所はかつて「犬塚峠」という難所であった。江戸時代以前の話かもしれないが、どこからともなく迷い犬が来て村に居ついてしまったが、ある時急にいなくなった。それから2カ月余りたった頃、犬はふらっと舞い戻ったのだが、「天照皇大神」の大麻札を背負っていたという。犬が伊勢参宮をしたと信じられ、その札を祀って神社を作り、犬が死ぬとその地を「犬塚」としたという。よく見ると、ちゃんと「大麻札」を背負っているのだ。

 

〇青山孝吉 (1908~1987)

 実業家。戦前に㈱砂町製作所を作った。京都生まれ。この北軽井沢の地を購入したが、道路を整備したり、その土地を公共施設に無償提供したりして、街の発展に寄与した。 

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<青山孝吉像>

場所:旧北軽井沢駅前(群馬県吾妻郡長野原町大字北軽井沢町北軽井沢1988-77)

竣工: 2001年10月

像高:

作者: 熊谷友児

撮影時: 2019年8月19日

説明:廃線となっている草軽電気鉄道の旧北軽井沢駅の駅舎(見事に残され、駅舎内は草軽電鉄の資料館となっている)の前にいる。この地は戦後「法政大学村」として、別荘地になったようだ。

 

小栗上野介忠順(おぐりこうずけのすけただまさ) (1827~1868)

 江戸時代末期の幕臣勘定奉行江戸町奉行外国奉行。日米修好条約批准のため米艦ポーハタン号に乗り渡米。その後幕府の財政再建や洋式軍隊の整備、横須賀製鉄所の建設などをおこなった。王政復古の大号令後、徳川慶喜に対し薩長への主戦論を唱えたため、罷免されて領地の上野国群馬郡権田村(現群馬県高崎市倉渕町)に隠遁した。その後薩長軍に逮捕され、斬首された。 

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小栗上野介忠順像>

場所:東禅寺群馬県高崎市倉渕町権田169)

竣工: 1953年9月

像高:

作者: 朝倉文夫

撮影時: 2019年8月19日

説明:2013年の6月にも訪れている。上の説明に書いたように、この地は小栗の領地で、役職罷免後、死ぬまでこの東禅寺に住まいしていたという。説明板によると、横須賀市立博物館の前庭に立つ像は、この東禅寺の像を複製したものだという。

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〇栗本鋤雲(くりもとじょうん) (1822~1897)

 幕末の幕臣。通称は瀬兵衛。外国奉行勘定奉行、函館奉行を歴任し、明治以降はジャーナリストとして活躍した。箱館にいる頃、フランス箱館領事館勤務のメリメ=カションと交流し、フランス語に堪能となる。その後江戸にもどると、フランスとの協力を進める小栗上野介に相談を受け、フランスの支援で横須賀製鉄所の設立を決めた。明治維新時はフランスにおり、帰国後は明治政府には出仕しなかった。 

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<栗本鋤雲像>

場所: 東禅寺群馬県高崎市倉渕町権田169)

竣工: 1956年3月

像高:

作者:

撮影時: 2019年8月19日

説明:この像は、鋤雲の門人だった犬養毅が、御蔵島にあった石膏像を基に作らせたものだという。また小栗像と一緒で、横須賀市立博物館の前庭に立つ像は、この東禅寺の像を複製したものだという。

 

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※小栗像と栗本像のそれぞれ説明の下の写真は、横須賀市立博物館前庭の像である。

 

塚越賢爾 (1900~1943)

 飛行家、航空機関士。1937年に朝日新聞社の神風号により、飯沼正明操縦士とともに東京―ロンドンを、当時世界最速の51時間余りの飛行に成功した。1943年に東京―ドイツの無着陸飛行をおこなうが、シンガポールから離陸後に行方不明となった。

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塚越賢爾像>

場所:倉渕体育館(群馬県高崎市倉渕町岩氷610)

竣工: 1987年11月

像高:

作者: ㈱立体写真(盛岡公彦)

撮影時: 2019年8月19日

説明:この像も2013年にも訪れた。体育館の駐車場のところにいる。最初の欧州への成功させた時から50周年の記念に製作された。

 

〇白石邦太郎  (1887~1980)

 実業家、政治家。旧甘楽郡小野村(現群馬県富岡市)生まれ。蚕糸業を営み、富岡町議会議員、群馬県議会議員を歴任し、妙義山の観光化に尽力した。

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<白石邦太郎像>

場所:妙義公園(群馬県甘楽郡下仁田町大字上小坂1248)※道路の反対側の中之嶽神社の住所

竣工: 1963年10月

像高: 等身大

作者:

撮影時: 2019年8月19日

説明:妙義公園は、一部が「森林公園さくらの里」という名称となっているようだ。像はその駐車場(「妙義公園駐車場」の名称)の入り口にあり、道路を挟んだ反対側に巨大な大黒様がいる(日本一らしい)「中之嶽神社」があるので、目印になるだろう。2014年9月にも訪れている。