銅像ハンターtaguttiの銅像ハンティング記

銅像好きがこじれて20年以上。日本中の銅像ハンティングは続きます…

神奈川県編  その11

〇川口正英 (?~?)

 政治家、実業家。横浜市議会議員、市議会議長(第24代)。おそらくこの地の生まれ。

f:id:tagutti:20220123114828j:plain

<川口正英像>

場所:旧「白鳳苑」(神奈川県横浜市瀬谷区本郷2-7-5)

竣工:

像高:

作者:

撮影時:2016年7月2日

説明:川口家は、開国後に製糸業で財を成した。川口家が蒐集し庭に植えた紫陽花を、6月の開花時期のみ見せてくれた「白鳳苑」があったのだが、その庭をけずって老人ホームができていた。しかし、紫陽花の庭(正英氏の銅像を含む)と門前にあった明治時代の神奈川県庁の門は現存している。私が撮影したときは、まだ「白鳳苑」時代。

 

新田義貞 (1301?~1338)

 鎌倉末期から南北朝時代の武将。河内源氏義国流新田氏。上野国新田荘生まれ。足利高氏鎌倉幕府討伐の兵をあげると、呼応して挙兵し鎌倉を侵攻、北条得宗家を滅ぼすことに成功した。その後、足利尊氏と対立し、後醍醐天皇に味方する南朝方に属すが、1338年越前国藤島の戦いで戦死した。

f:id:tagutti:20220123114940j:plain

新田義貞像>

場所:大山阿夫利神社御分霊社(神奈川県大和市下鶴間2234)

竣工:

像高:

作者:

撮影時:2009年12月6日

説明:当地は大山街道下鶴間宿にあたり、この像のある場所が鶴間の旧家の「高下家」(神社の奥には「下鶴間ふるさと館」がある)で、新田義貞の末裔と称す。そのためにこの像が立っているようだ。銅像はその入り口の「大山阿夫利神社分霊社」のところに立ち、前の道が大山街道だ。姿は、新田荘歴史資料館(群馬県太田市世良田町)と同様で、鎌倉攻めの際に稲村ケ崎から海神に太刀を献じた姿なのだろう。

 

〇岩本信行 (1895~1963)

 政治家。大野村村会議員から神奈川県議会議員を経て、1946年衆議院議員(当選5回)。国務大臣地方財政委員会委員長)、衆議院副議長を歴任する。神奈川県高座郡大野村(現神奈川県相模原市)生まれ。

f:id:tagutti:20220123115020j:plain

<岩本信行像>

場所:国道16号線相模原南署前信号付近(神奈川県相模原市南区若松1-1-3)

竣工:

像高:

作者:

撮影時:2009年12月6日

説明:国道16号線から「こもれびの森」と称する保存林に入るところに立つ。

像の前からの立派な道を入ると、「相模原市慰霊塔」に着く。

 

〇座間美都治(ざまみつじ) (1896~?)

 郷土史家。神奈川県高座郡下溝村(現神奈川県相模原市)生まれ。神奈川県師範学校を卒業後、県下の学校教諭を歴任し、相模原市史編纂委員となる。複数の郷土史書を著した。

f:id:tagutti:20220123115104j:plain

<座間美都治像>

場所:相模原公園(神奈川県相模原市南区下溝3256-9)

竣工:1980年11月

像高:

作者:

撮影時:

説明:像の建造時は、氏はご存命の寿像だった。当初は麻溝台にあったが、道路拡張により現在地に移転された。この地は相模原公園の北側のはずれ(相模原沈殿池側)で、脇には「柴胡が原陸橋命名碑」が立っている。ここから相模川河岸段丘を下りる1段目のところになる。

 

〇篠崎隆 (?~?)

 実業家、政治家。相模原信用組合初代理事長、相模原商工会議所初代会頭、神奈川県議会議員(7期)。

f:id:tagutti:20220123115144j:plain

<篠崎隆像>

場所:相模原商工会館(神奈川県相模原市中央区中央3-12-3)

竣工:1983年11月

像高:

作者:陶山定人

撮影時:2016年7月2日

説明:このブログ用にデータを見直していて、篠崎像はこの商工会館と高田橋の2か所に立っていたことに初めて気づいた。整理整頓をロクにやっていないことが露見したわけだ。高田橋の方(神奈川県相模原市中央区水郷田名4-10)は橋の北東のところで、1984年10月の設置、作者はこれと同じ陶山定人氏でした(撮影2009年12月6日)。

f:id:tagutti:20220123115234j:plain

 

〇清水桂策 (?~?)

 農政家。JA相模原市の合併前の上溝農業協同組合の運営に関わっていたようだ。

f:id:tagutti:20220123115348j:plain

<清水桂策像>

場所:JA相模原市上溝支店(神奈川県相模原市中央区上溝7-31-31)

竣工:1961年2月

像高:

作者:

撮影時:2016年7月2日

説明:ネットで調査すると、相模鉄道の取締役になった(1926年)とあるが、同一人物なのだろうか?

 

〇舘盛静光(たてもりせいこう) (1914~2002)

 官僚、政治家。神奈川県高座郡大沢村(現神奈川県相模原市緑区)生まれ。大沢村役場に勤務後、相模原市教育委員、教育長、助役を経て相模原市長(5期)。

f:id:tagutti:20220123115440j:plain

<舘盛静光像>

場所:梅宗寺(神奈川県相模原市緑区上九沢264)

竣工:2000年4月

像高:

作者:陶山定人  

撮影時:2016年7月2日

説明:梅宗寺の境内に立つ。脇には、江戸時代後期に相模原出身の高僧、南山古梁(1756~1839)の顕彰碑(レリーフ付き:1962年)があるが、写真に収めていない。

 

〇河津勝 (1905~1985)

 官僚、政治家。神奈川県高座郡相原村(現神奈川県相模原市)生まれ。相原村役場から相模原市助役を経て、相模原市長(3期)。

f:id:tagutti:20220123115527j:plain

<河津勝像>

場所:国道413号線二本松交差点付近(神奈川県相模原市緑区相原5-1-26)

竣工:1986年9月

像高:

作者:

撮影時:2016年7月2日

説明:ここはおそらく出身地なのだろう。それにしても近年の相模原市長は銅像を立て続けている。こういうのもブームとかあるのだろうか?ライバルが立てたから自分たちも立てるのだろうか?

 

〇小川勇夫 (1931~2007)

 政治家。神奈川県高座郡田名村(現神奈川県相模原市)生まれ。神奈川県議会議員を経て、相模原市長(3期)。津久井郡4町との合併を実現した。3期目の途中で病没した。

f:id:tagutti:20220123115618j:plain

<小川勇夫像>

場所:県道510号線二本松小学校交差点付近(神奈川県相模原市緑区二本松2-24-4)

竣工:2011年3月

像高:

作者:田畑功

撮影時:2011年8月5日

説明:辺鄙な場所に像は立つが、説明文によると合併を果たした津久井郡4町との境界がこの地であるようだ。この像は教え子とラーメン行脚の途中で寄り道させてもらって撮影をした思い出がある。