銅像ハンターtaguttiの銅像ハンティング記

銅像好きがこじれてよじれて20年以上。日本中の銅像ハンティングは続きます…

ちょっと休憩

先週は、福島の浜通りから宮城南部の竹駒神社に新設された小野篁像を撮りに行ってました。

今週もちょっと休憩します。

次は何県かな?

 

図書館でこんな写真集を見つけてきました

2012年のものです。14年もたつと場所が変わったり、周りが変わったりしてますね。

256体載ってますが、95%行ってます💦

茨城県編    その27

〇朝永振一郎 (1906~1979)

 理論物理学者。東京都小石川区(現文京区)生まれ。超多時間論を元にした量子電磁力学の発展に寄与したとして、1965年にノーベル物理学賞を受賞した。

京都帝国大学理学部卒、理化学研究所を経て、東京文理科大学(後の東京教育大学、現筑波大学)教授となり、東京教育大学学長となる。

<朝永振一郎像>

場所:つくば中央公園(茨城県つくば市吾妻2-7-5)

竣工: 2015年3月

像高: 190㎝

作者:柴田良貴

撮影時:2023年3月3日

説明:筑波研究学園都市50周年記念事業として、つくば市と筑波大学の協力の下で作成された。「散歩する朝永博士と愛猫」とのタイトルがつき、後ろに愛猫がついている。朝永は猫を愛し、雄猫のミャー、のちに雌猫のブー、その子のブーコを飼っていたそう。晩年にはチーもいたという。また「ねこ」というエッセーも書いていたそう。

 

〇江崎玲於奈 (1925~)

 物理学者。大阪府中河内郡高井田村(現東大阪市)生まれ。東京帝国大学卒業後、川西機械製作所(現デンソーテン)に入射、さらに東京通信工業(現ソニー)に移籍し、半導体の研究をする。そこでトンネル効果(量子力学で波動関数がポテンシャル障壁を越えて伝播する現象…私にはよくわかりません)を発見、実証した。これにより1973年にノーベル物理学賞を受賞した。のちに筑波大学学長となった。現存日本人最高齢のノーベル賞受賞者である。

<江崎玲於奈像>

場所:つくば中央公園(茨城県つくば市吾妻2-7-5)

竣工:2015年3月

像高:140㎝

作者:柴田良貴

撮影時:2023年3月3日

説明:江崎がまだ存命なのは驚いた。学長をしていた横浜薬科大学には、レリーフ像があるそう(田畑功作)。

 

〇小林誠 (1944~)

 理論物理学者。愛知県名古屋市生まれ。名古屋大学理学部卒業後、京都大学や高エネルギー物理学研究所(現高エネルギー加速器研究機構)で研究を続け、素粒子理論による「小林・益川理論」で益川敏英とともに、2008年ノーベル物理学賞を受賞した。

<小林誠像>

場所:つくば中央公園(茨城県つくば市吾妻2-7-5)

竣工:2015年2月

像高:H80㎝W79㎝

作者:柴田良貴

撮影時:2023年3月3日

説明:レリーフ像である。他の2体が立像なのに小林像がレリーフなのは、「語る(対話する)」姿がコンセプトで、治世や穏やかな表情を壁面と一体化させたいとの意図からだそうです。

つくば市は以前にも行っているが、行程上最後になるのか、いつも夕方なんだよね。こっちの方がまだマシなので、こちらの写真を貼ります。

 

〇鈴木光二 (1889~1965)

 政治家。茨城県真壁郡雨引村(現桜川市)生まれ。雨引村村会議員から雨引村長を経て、茨城県議会議員、県議会議長を歴任した。

<鈴木光二像>

場所:桜川市役所大和庁舎(茨城県桜川市羽田1023)

竣工:1968年11月

像高:

作者:

撮影時:2017年5月6日

説明:前述した(その18)が、現在の桜川市役所大和庁舎にはこの像は見当たらない。そもそも庁舎は工事中なので、完成後は戻ってくるかも知れない。

 

 

これ以外に、市民ホールやたべ(つくば市谷田部)に、渡辺安重、庄司茂、飯泉一三の胸像があり、写真も撮ったのだが、整理がいい加減で見つからなかった。また筑波大学には、坪井玄道、嘉納治五郎がある。筑西市役所の関彰像は、休日に行ったので開いていなかった。土浦市の鷲神社の久松五右衛門も撮っていない。明治天皇(幕末と明治の博物館)は撮影禁止である。坂東市の中山元成(県立農業大学校園芸部)、秀仁和尚(地蔵院)も写真が見つからなかった。諸沢みよ(常磐大学同窓会館)は予約が必要。という感じで、コンプリートは出来ていないが、一旦茨城県編は終了とします。

茨城県編    その26

〇吉原三郎 (1922~1970)

 政治家。岩井町長(5期)。茨城県猿島郡岩井町(現茨城県坂東市)生まれ。小学校教諭から岩井町長となる。極端な政治により、国会でも取り上げられたという。一方で橋の敷設、幼稚園の建設など、町の発展に寄与した。

<吉原三郎像>

場所:岩井体育館(茨城県坂東市岩井3108)

竣工:1988年 5月23日

像高:

作者:小森邦夫

撮影時:2023年5月5日

説明:なんか記憶ないんだよね…。Wikipediaでは根拠ないとされながら、クソミソに書かれているけど…。

 

〇平将門 (903~940)

 平安時代の武士、豪族。桓武平氏。鎮守府将軍平良将の子。一族の争いから叔父を討ちその名を挙げる。その後武蔵国や常陸国の紛争に介入した結果、国家への反乱とみなされ(平将門の乱)、関東諸国を巻き込む争いに発展する。その際に「新皇」と名乗り、東国の独立を目指すが、藤原秀郷らによって討ち取られた。

<平将門像>

場所:坂東市総合文化ホールベルファーレ(茨城県坂東市岩井5082)

竣工:1994年3月

像高:

作者:一色邦彦

撮影時:2023年5月5日

説明:「怨霊」としても有名な将門だが、神田明神や大手町の首塚を含めて、銅像がほとんどない。もっとあってもいいと思うが…。

 

〇佐藤孝治  (1906~1978)

 農政家。大八洲開拓農業協同組合の初代組合長。山形県最上郡及位村(現真室川町)生まれ。満洲開拓をした人びとが、敗戦後1946年にこの地に入植(菅生沼周辺地域)し、鬼怒川などの氾濫、台地上の立沢地域は強酸性火山灰土壌のため、作物が育たないという中、努力を重ねて開拓をした。

<佐藤孝治像>

場所:大八洲開拓農業協同組合(茨城県守谷市板戸井2175-4)

竣工:1979年11月

像高:

作者:

撮影時:2018年10月28日

説明:農協の名前としては大仰だなと思ったら、大変苦労した人々なのだと、感心しました。写真を撮った時は雨降りで、この先の滝下橋が古くて狭いうえに、道が混んでいたことを思い出します。

 

〇土田右馬太郎 (1882~1960))

 政治家。茨城県筑波郡上郷村生まれ。地域の名家に生まれ、郷里には教育が必要だとして、学校を造る。さらに3つの学校を統合して上郷小学校を造り、農業実習学校(旧上郷高校)などを設立した。上郷村長、茨城県議会議員なども歴任した。

<土田右馬太郎像>

場所:豊里学園つくば市立上郷小学校(茨城県つくば市上郷2499)

竣工:1957年

像高:

作者:

撮影時:2023年5月5日

説明:元々この像は、上郷高校の30周年記念に作られたが、学校が統合され、石下紫峰高校となり移転してしまったために、近くの上郷小学校に移設された(2011年2月)。