銅像ハンターtaguttiの銅像ハンティング記

銅像好きがこじれてよじれて20年以上。日本中の銅像ハンティングは続きます…

2024-01-01から1年間の記事一覧

島根県編   その6

2024年最後の投稿となります。今年も1年ご覧いただきありがとうございました。ちょっとサボりがちで、ご迷惑をおかけしました。来年はちゃんと定期的に投稿したと思います 〇浅原才一 (1850~1932) 妙好人。船大工、下駄職人。石見国大浜村(現島根県大田…

島根県編   その5

〇浜田善太郎 (1782~1856) 農民。妙好人。石見国那賀郡有福村(現島根県江津市※)生まれ。浄光寺の門徒であったが、若い頃は放蕩を繰り返していた。30歳代の頃子供4人を相次いで失い、仏法に目覚めた。念仏者「この善太郎」として近隣に法を広めた。 ※江…

島根県編   その4

2週にわたってサボりまして、申し訳ありませんでした。 〇木口小平 (1872~1894) 陸軍兵士。岡山県高梁市生まれ。日清戦争に出兵し、歩兵21連隊第3大隊第12中隊で、ラッパ手を務めていた。1894年7月の成漢の戦いで敵弾を受けて戦死。1903年の修身の教科書…

80,000アクセス達成!

先週は、京都に紅葉狩りに、今週もちょっと忙しくてブログ更新をサボってました💦 なのに、のべ80,000アクセスありがとうございます。今後も地道にやっていく所存ですので、よろしくお願いいたします。

島根県編   その3

〇島村抱月 (1871~1918) 文芸評論家、演出家、劇作家、小説家、詩人。島根県那賀郡小国村(現浜田市)生まれ。本名島村瀧太郎。佐々山家に生まれるが、学資の援助を受けた島村文耕の養子となり、のち姪と結婚する。東京専門学校(現早稲田大学)で文学、…

島根県編   その2

〇益田兼尭 (?~1485) 室町時代後期の武将。国人領主。幼名は松寿。石見国益田生まれ。益田氏当主として大内氏に従う以外に、幕府に直属することもあり、大内氏や幕府に従って各地を転戦した。応仁の乱時に息子の貞兼は西軍に就いたが、兼尭は東軍とも誼…

島根県編   その1

今回から島根県編をはじめます。今年の夏に2007年以来の訪問をしましたが、東西に細長い県。東が出雲、西が石見ですが、今回は石見側を主に回りました。では… 〇亀井茲監(かめいこれみ) (1825~1885) 幕末の大名(最後の津和野藩主)、明治期の知藩事。…

青森県の銅像 地図

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青森県編    その15

〇植村正治 (1930~2014) 漁師、実業家。青森県平内町生まれ。平内町漁業協同組合代表理事組合長から青森県漁業協同組合代表理事長、国際共同組合漁業委員会委員長、全国漁業協同組合連合会会長。青森放送監査役などを歴任する。 <植村正治像> 場所:青…

青森県編   その14

〇竹内清明 (1958~1929) 政治家、実業家。陸奥国弘前城下に弘前藩士の子として生まれる。衆議院議員(1期)。青森県を政友会へと主導し、原敬から信頼を受け、五能線の開通、岩木川の改修、青森築港、八戸鮫港の修築など多くの事業を進め、「私設知事」とも…

青森県編   その13

〇安寿と厨子王と母 中世の説経節「さんせう太夫」に登場する兄弟(と母)。前の奥羽五十六郡の太守、岩城判官正氏は讒言によって筑紫に流された。本国に残された妻と2人の子ども(姉は安寿姫、弟は厨子王丸)は、父を求めて日本海側を南下中、越後の直江津…

青森県編   その12

〇栃ノ海晃嘉(とちのはなてるよし) (1938~2021) 大相撲力士。青森県南津軽郡光田寺村(現南津軽郡田舎館村)生まれ。春日野部屋。第49代横綱。本名花田茂廣。新弟子検査時に176㎝・72.3㎏しかなく再計量の結果の入門だった。相撲は上手く、両前褌を取っ…

青森県編    その11

〇對馬竹五郎 (1884~1971) 園芸家。政治家。青森県中津軽郡船沢村(現青森県弘前市)生まれ。日露戦争従軍後、リンゴ農家の外崎嘉七に弟子入りし、リンゴの栽培、品種改良、剪定などの研究を重ね、青森県はもとより岩手や秋田、長野などでリンゴの栽培指…

青森県編   その10

〇円仁 (794~864) 平安時代の天台宗の僧侶。慈覚大師。下野国都賀郡もしくは安蘇郡(栃木県下都賀郡もしくは栃木市)生まれ。15歳で比叡山延暦寺に上り得度。838年に唐へ向かう。この内容は『入唐求法巡礼行記』に詳しい。847年帰国。3代目延暦寺座主とな…

青森県編   その9

〇日持上人と蠣崎甚兵衛 日持上人(1250~?)は、鎌倉中期から後期の日蓮宗の僧で、日蓮六老僧の一人。駿河国庵原郡松野(現静岡県富士市)生まれ。1295年に布教を目指して東北から蝦夷地(北海道)、樺太へ渡ったという。この地で蝦夷地へ渡るために、海上…

青森県編   その8

1週間サボってしまいました 〇水野陳好(みずののぶよし) (1895~1991) 政治家。初代三本木町長、初代三本木市長。石川県松任町(現白山市)生まれ。東大卒業後、渋沢栄一に見いだされ、渋沢農場場長に就任、その後三本木原の開墾に尽力し、町長、市長とな…

青森県編   その7

〇工藤轍郎(くどうてつろう) (1849~1927) 明治~大正期の開拓者、牧場経営者。県議会議員。陸奥国七戸(現青森県上北郡七戸町)生まれ。七戸の荒屋平の開拓に着手し、382㏊の原野を田畑、防腐林などに変えた。さらに種馬牧場の開設、馬耕技術の普及にも…

青森県編   その6

〇蛇口伴蔵(へびぐちばんぞう)(1810~1866) 江戸後期の武士。八戸藩士。名は胤年。葉山治右衛門の子で、蛇口家へ養子に入る。八戸地方の水利事業に尽力し、母袋子や下洗(八戸市)・相内(南部町)・階上岳(階上町)・小軽米(岩手県軽米町)の上水を企…

青森県編   その5

〇玉代姫と勝代姫 伝説上の姫。今から1300年ほど前(想定なら奈良時代だが、平安時代のことのようだ)、京の都にいた橘中納言通忠なる人が、世の無常をはかなみ、ここ小川原湖まで来て庵を構えた。都に残された玉代姫、勝代姫の姉妹は父を訪ねてここまで来た…

青森県編   その4

夏休みに入ったので、ちょっとアップが遅れました。すみません… 〇南部直房 (1628~1668) 江戸初期の大名。八戸藩の祖。陸奥盛岡藩初代藩主、南部利直の七男。立藩以前は、母方の姓中里直好(中里数馬)を名乗る。兄の2代藩主重直が跡継ぎ無く死ぬと、幕府…

青森県編   その3

〇クライド・エドワード・パングボーン (1896~1958) アメリカ人のパイロット。初の太平洋無着陸横断飛行を成し遂げた。ワシントン州ダグラス郡ブリッジボード出身。鉱山技師だったが、第一次世界大戦時にパイロットとなり、教官となった。当初世界一周の…

青森県編   その2

○小比類巻富雄(こひるいまきたけお) (1911~1978) 政治家。青森県上北郡三沢村(現青森県三沢市)生まれ。教員経験後、戦後三沢村議会議員を経て、三沢町長、青森県議会議員、三沢市長となった。 <小比類巻富雄像> 場所:三沢市公会堂・中央公民館(青…

青森編   その1

ちょっとサボってました 今週から青森県編を始めます! 〇西有穆山(にしありぼくざん) (1821~1910) 僧侶。津軽国三戸郡湊村(現青森県八戸市)生まれ。本名は笹本万吉。1833年に出家し各地で修業後、1842年に江戸の駒込吉祥寺の栴檀寮に入る。1901年神…

沖縄県編  地図

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沖縄県編   その10

これでとりあえず沖縄県編は終了となります。 〇大城孝蔵 (1881~1935) 移民事業の監督。沖縄県国頭郡金武町出身。金武尋常小学校時代の教師であった當山久三の勧めで、1904年に沖縄県初のフィリピン移民の監督として、ルソン島に渡る。ルソン島ではバギオ…

沖縄県編  その9

〇宮里松次 (1918~?) 官吏、政治家。沖縄県国頭郡東村生まれ。訓導、兵役を経て、東村助役となり、1962年から4期無投票で村長となる。琉球政府立法院議員ともなる。東村の経済発展のため、パインアップルの生産をすすめる。また「つつじの森」(現つつ…

沖縄県編   その8

〇宮城鐡夫 (1877~1934) 農事改良家。沖縄県国頭郡羽地(現沖縄県名護市)生まれ。札幌農学校卒業後、国頭農学校で教師、校長を務めた後、台南製糖に入社。台湾から大茎種のサトウキビを導入するなど、沖縄糖業の発展に寄与した。 <宮城鐡夫像> 場所:…

沖縄県編   その7

先週コロナに罹患してしまいました。何事も流行遅れが好きな人なのですが、今日現在夏は下がったものの、食欲と気力、体力がなかなか戻ってきません…。 さて、沖縄編の続きです! 〇上地完文 (1877~1948) 武道家。沖縄の主要な空手の流派の一つ、上地流の…

沖縄県編    その6

〇泰期 (?~?) 14世紀後半の琉球、中山王の察度の弟。天願按司。明との危険な交易を5回も成功させ、琉球の黄金時代を築いた。 <泰期像> 場所:残波岬公園(沖縄県中頭郡読谷村宇座1861) 竣工:2008年11月 像高: 作者: 撮影時:2024年1月6日 説明:…

沖縄県編   その5

2週間サボりました、ごめんなさい。先々週は北海道十勝へ、「タウシュベツ川橋梁」を見に行ってきました(もちろんこの地域の銅像も回っています)。先週は同窓会などがあって忙しかった…。これからも頑張りますので、よろしく! 〇中城若松(なかぐすくわか…