〇長嶺秋夫 (1908~2002)
政治家。小禄村村長、沖縄統治下の沖縄立法院議員(7期)、立法院副議長、議長を歴任した。沖縄の本土復帰で沖縄県議会議員にもなった。沖縄県小禄村生まれ。
<長嶺秋夫像>
竣工:1994年3月
像高:
作者:
撮影時:2024年1月6日
説明:小禄の住宅地の中にいるが、小禄のあたりは戦後、米軍の施設隣接地であったため、元の住民に返還されにくかった。氏などの努力で崖地であったが、このあたりが返還され、宅地造成をしたところだそうだ。像が立ったとき氏は存命で、寿像であった。
〇明治天皇 (1852~1912)
略
<明治天皇像>
竣工:1970年 10月
像高:
作者:小金丸歳久
撮影時:2024年1月6日
説明:沖縄に明治天皇像は、矛盾している気もしたが、この像の造立が沖縄の本土復帰の2年前、前年に佐藤栄作首相とリチャード・ニクソン大統領との間で、沖縄返還が約束されたときである。沖縄の有志が、沖縄の本土復帰と明治期の「近代国家の指導者」である明治天皇を結びつけたものとする。台座の銘板には「五箇条の誓文」が彫り込まれている。
〇孔子 (BC552または551~BC479)
古代中国の思想家、哲学者。儒教の祖。諱は丘、字は仲尼。古代中国の周末、魯の国生まれ、周初めへの復古により、身分秩序の再編と仁道政治を唱えた。
<孔子像>
竣工:1981年9月
像高:
作者:
撮影時:2024年1月6日
説明:この地は、1676年に孔子廟の「久米至聖廟」があり、1718年に琉球王国の程順則名護親方により「明倫堂」が建てられたところである。像は中華民国の蒋介石から贈られたものである。
〇親鸞 (1173~1263)
<親鸞像>
竣工:
像高:
作者:
撮影時:2024年1月6日
説明:沖縄の寺は珍しい感じで、調べてみた。琉球王国は江戸時代に薩摩藩により侵攻されたが、薩摩藩が仏教を軽視しており、江戸時代の日本では普通の檀家制度がとられていない(各家の墓地は「御嶽」と呼ばれる拝所に祀られる)。しかも浄土真宗は琉球王国により禁制が取られており、1879年から布教が許されたそうだ。
ちなみに時間の関係で撮れなかったのだが、恩納ビーチの近く(沖縄県国頭郡恩納村真栄田)には、巨大な親鸞像がある。この像は(株)ミツトヨの創業者の沼田恵範が2006年に立てたものだそうだ。
〇城間徳太郎 (1933~)
琉球伝統芸能家。沖縄県那覇生まれ。奥浜思樽(おくはまおもたる)、真境名由康(まじきなゆうこう)に琉球伝統の音楽劇、組踊を学ぶ。重要無形文化財(1986)、人間国宝(2005)(いずれも「組踊音楽歌三線」)。
<城間徳太郎像>
竣工:2017年12月
像高:
作者:喜多敏勝
撮影時:2024年1月6日
説明:那覇市与儀地区の自治団体「与儀八三会」と城間徳太郎門下会の共同で立てた。まだご存命で、このあたりにお住まいのようだ。
〇宮里春行 (1911~1992)
琉球音楽家。沖縄県島尻郡知念生まれ。農林技師の傍ら、歌三線を古堅盛保に師事し、戦後音楽に専念、1962年には安富祖隆絃声会会長となった。
<宮里春行像>
場所:那覇市立中央図書館(旧沖縄県立図書館)(沖縄県那覇市寄宮1-2)
竣工:2002年 10月
像高:
作者:喜多敏勝
撮影時:2024年1月6日
説明:旧沖縄県立図書館は移転され、廃墟化している。そこと与儀公園およびタウンプラザかねひで与儀公園市場、沖縄県建設技術センターとの交差点の角に立つ(座っている?)。今回の旅で気づいたが、琉球古典芸能の関係者の像が多い。