銅像ハンターtaguttiの銅像ハンティング記

銅像好きがこじれて10数年。日本中の銅像ハンティングは続きます…

富山県編 その12

※今回は、富山県立工芸学校(現富山県立高岡工芸高校)の特集となったので

学校紹介を少しばかり…

 1894年に納富介次郎が創立。本科(修業年限4年)木材彫刻、金属彫刻、鋳銅、髹漆の4科を置く。その後紆余曲折があるが、2012年から現行の高岡工芸高校となる。

 

〇青井忠治 (1904~1975)

 実業家。丸井の創業者。富山県射水郡小杉町(現在の射水市)生まれ。富山県立工芸学校(現県立高岡工芸高校)を卒業し、月賦販売商の丸二商会に入社、すぐに頭角を現し、1931年中野店を譲り受けて独立、「丸井」として、月賦百貨店の草分けとなる。 

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 <青井忠治像>

場所:青井記念館美術館(富山県高岡市中川1-1-20)

竣工: 2002年4月

像高:

作者: 吉井清

撮影時: 2009年8月26日

説明:像は美術館の正面受付付近にある。元の記念館は1963年に青井忠治が、母校の高岡工芸高校の創立70周年を記念して寄贈したもの。記念館美術館は1994年の学校創立100周年の記念事業として、旧来の施設を建て直したもの。館内の1Fが美術館、2Fは学校の図書館となっている(入館料無料。10時~16時<入館は15時まで>)。

 

〇納富介次郎(のうとみかいじろう) (1844~1918)

 画家、工業デザイナー、教育者。現在の石川県立工業高校、富山県立高岡工芸高校、香川県立高松工芸高校、佐賀県有田工業高校を創立し、校長を務めた。号は介堂。肥前国小城藩(現在の佐賀県小城市)生まれ。明治初期に欧州で陶磁器の製造を学び、帰国後工芸品の量産による貿易収支改善を考え、そのためには教育が重要との認識に至った。そして石川県、富山県香川県佐賀県で工芸学校を創立し、校長を歴任した。 

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<納富介次郎像>

場所:青井記念館美術館(富山県高岡市中川1-1-20)

竣工:

像高:

作者: 国方林三(原型らしい)

撮影時:2009年8月26日

説明:記念館内の受付付近に、青井忠治像と並び置かれる。

 

〇納富介次郎 

  略

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<納富介次郎像>

場所:高岡工芸高校(富山県高岡市中川1-1-20)

竣工: 1934年制作も戦争中に金属供出され再興される。

像高: 135㎝×81㎝×97㎝

作者: 畑正吉

撮影時:2009年8月26日

説明:校内にある。

 

〇関義平 (1857~1923)

 富山県工芸学校の教師。彫金科。号は義白。

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<関義平像>

場所:高岡工芸高校(富山県高岡市中川1-1-20)

竣工: 1930年制作も戦争中に金属供出され再興される。

像高:

作者:

撮影時: 2009年8月26日

説明:校内にある。

 

〇中島秋圃(なかしましゅうほ)(1878~1961)

 日本画家。東京四谷に生まれる。東京美術学校(現東京芸術大学日本画科を卒業し、川端玉章に師事、納富介次郎の勧誘で、富山県立工芸学校(現高岡工芸高校)に赴任し、25年間指導に当たる。 

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 <中島秋圃像>

場所: 高岡工芸高校(富山県高岡市中川1-1-20)

竣工: 1934年

像高:

作者:

撮影時: 2009年8月26日

説明:校内にある。学校創立60周年、秋圃の喜寿を記念して、胸像の建設運動が起こったらしい。

 

〇大塚秀之丞 (1870~)

 山口県生まれ。石川県で九谷焼の陶器原型指導にあたり、1894年の富山県工芸学校

の設立とともに金工科の教師として赴任、24年間指導にあたった。号は楽堂。氷見市の朝日山公園の神武天皇像や福井市の足羽山公園の橋本左内像、兵庫県高砂神社の工楽松右衛門像、京都府の伏見乃木神社の村野山人像などが有名。 

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<大塚秀之丞像>

場所: 高岡工芸高校(富山県高岡市中川1-1-20)

竣工:

像高:

作者:

撮影時:2009年8月26日

説明:校内にある。

 

〇新村弥三郎 (1872~1939)

 富山県工芸学校の教師。漆工科。

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<新村弥三郎像>

場所:高岡工芸高校(富山県高岡市中川1-1-20)

竣工: 1930年制作も戦争中に金属供出され再興される。

像高:

作者: 松村秀太郎

撮影時:2009年8月26日

説明:校内にある。