先週は茨城遠征をしていため、お休みでした💦
〇フレデリック・フランソワ・ショパン (1810~1849)
ポーランド出身の音楽家。前記ロマン派音楽を代表する作曲家であり、ピアニスト。ワルシャワ公国ジェラゾヴァ・ヴォラ(現ポーランドマゾフシェ県)生まれ。作曲のほとんどがピアノ独奏曲なので、「ピアノの詩人」と呼ばれるようになった。晩年はフランスに滞在していた。生涯258曲を作ったとされる。『幻想ポロネーズ』『ノクターンop。9-2』『雨だれ』『別れの曲』など。

場所:アクトシティ浜松(アクトの森・ショパンの丘)(静岡県浜松市中区板屋町111-1)
竣工:1994年
像高:
作者:マリアン・コニエチニィ
撮影時:2024年10月6日
説明:この像は浜松市とポーランドワルシャワ市の音楽文化友好交流協定を記念して、ワルシャワ市から贈られたもの。ワルシャワ市のワジェンキ公園の像の複製である。
〇ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーベン (1770~1827)
ドイツの作曲家、ピアニスト。古典派音楽の集大成およびロマン派音楽の先駆とされ、日本では「楽聖」と呼ばれる。神聖ローマ帝国ケルン大司教領ボン(現ドイツ連邦共和国ボン市)生まれ。鍵盤楽器奏者の家に生まれ、父はオペラのテノール歌手だった。うやがて作曲家として名声を上げていくが、20代後半から難聴が悪化し、40代には全聾となった。作品数はおおよそ交響曲9曲、ピアノ・ソナタ32曲、ピアノ協奏曲8曲など。それ以外にヴァイオリン・ソナタや弦楽三重奏曲などを書いている。

<ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーベン像>
竣工:
像高:
作者:
撮影時:2024年10月6日
説明:浜松市楽器博物館は1995年に設立されたもの。楽器が3300点、楽譜などの資料が150点など、日本では珍しい博物館である。ベート-ベン像は第3展示室の鍵盤楽器コーナーの奥にいる。
〇徳川家康
略

<徳川家康像>
竣工:1981年12月
像高:
作者:水野欣二郎
撮影時:2024年10月6日
説明:この像は「若き日の徳川家康」である。家康は1570年に浜松に築城したが、1573年には三方ヶ原の戦いで武田信玄に完敗したが、その際に浜松城に這々の体で逃げ帰ったとされる。
〇徳川家康
略

<徳川家康像>
竣工:
像高:
作者:
撮影時:2024年10月6日
説明:ここ元城町東照宮は、浜松城の前身・引間城の本丸跡である。浜松城址とは道路はさんで東側に位置する。そこで今川氏から独立を果たしたばかりの徳川家康が遠江を平定しこの城に入り(29歳の時)、武田信玄軍を三方ヶ原で立ち向かったとき(31歳の時)の姿を現わしているそうだ(監修は磯田道史)。二像は出世の元になった場所と言うことで、「出世のパワースポット」になっているという。
〇豊臣秀吉
略

<豊臣秀吉像>
竣工:
像高:
作者:
撮影時:2024年10月6日
説明:徳川家康像とは併置されているが、こちらは針を行商しながら武士になる旅の途中、浜松の豪族松下嘉兵衛に出会い、引間城主の飯尾家の宴会で猿のマネをして気に入られ、松下氏に仕官したときの姿だという(16歳の時)。二像は、浜松市の徳川家康顕彰400年事業の一環だという。
〇岩田立山 (1865~1940)
華道家。浜松出身。本名荒太郎。1883年に池坊家に入門、池坊家元参房職に就いたという。

<岩田立山像>
竣工:1956年5月(元の像は寿像だったそう)
像高:
作者:水野欽三郎
撮影時:2024年10月6日
説明:先代の銅像は太平洋戦争の金属供出で無くなり、戦後復元されたものだという。右手に持っているのは花鋏。
〇宮本甚七 (1863~1940)
実業家。遠江国浜名郡和地村(現静岡県浜松市中央区)生まれ。父の呉服店を継ぎ、さらに発明家池谷七蔵を助け、中方耕を機械化生産する会社、木綿中形株式会社(のち日本形染)を設立した。また中国への綿織物の輸出を図り、遠州輸出綿織物工業組合の理事長となった。

<宮本甚七像>
竣工:1940年6月 (太平洋戦争の金属供出のため現在の像は石像)
像高:
作者:
撮影時:2024年10月6日
説明:当初の像は寿像であったようだ。椅子に座った立派な像だ。