〇金原明善(きんぱらめいぜん) (1832~1923)
実業家。遠江国長上郡安間村(現静岡県浜松市東区)生まれ。生家は酒造業と質屋を併営する大地主で、旗本松平家の代官であった。1868年に天竜川が洪水で決壊すると、明治新政府に治水策を建白、一方で自ら堤防復旧工事をおこない、2ヶ月で完成させた。その後も天竜川の治水を担い、上流域の植林などもおこなった。また金原銀行なども運営した。

<金原明善像>
竣工:
像高:
作者:
撮影時:2021年3月26日
説明:浜北文化センター(浜松市浜北区貴布祢291-1)、浜名用水取水口跡地(浜松市浜北区二俣町鹿島:1984年)、和田小学校(浜松市東区薬師町273-2作)にもある。すべて水野欽三郎作である。


〇内山竹蔵 (1890~1965)

<内山竹蔵像>
場所:天竜厚生会法人本部前(静岡県浜松市天竜区於呂4201-6)
竣工:1965年11月
像高:
作者:
撮影時:2021年3月26日
説明:これ以外に施設内には、内山信一(第3代理事長)、山村三郎(初代事務局長)の像が研修センターのところにあるらしい。
〇小澤義助 (1864~1916)
政治家。二俣町長。遠江国志太郡藤枝町(現静岡県藤枝市)生まれ。磐田郡書記などを経て、1902年に二俣町長に就任、二俣小学校の建設、二俣町立実家高等女学校(現二俣高校)の創設などおこない、町の発展に尽くした。

<小澤義助像>
場所:本田宗一郎ものづくり伝承館(静岡県浜松市天竜区二俣町二俣1112)
竣工:2005年2月 (旧像は1933年に二俣小学校に作られたが、1944年の金属供出で撤去、1957年にコンクリート像が二俣城址につくられていた)
像高:
作者:(旧像は柳原緑太? )
撮影時:2021年3月26日
説明:本田宗一郎ものづくり伝承館は旧二俣町役場で、1936年に作られたもの。本田宗一郎は1906年に静岡県磐田郡光明村(現浜松市天竜区)に生まれ、本田技研工業(現HONDA)を作った人物。
〇竹山祐太郎 (1901~1982)
政治家。静岡県知事、衆議院議員(9期)。建設大臣。静岡県磐田郡見付町(現磐田市)生まれ。東京帝国大学農学部実科を卒業後、農商務省に入り、農林技官として農山漁村経済更生運動に取り組む。戦後第22回衆議院議員選挙に立候補し(日本協同党)当選、その後改進党、自由民主党となる。1967年に静岡県知事となり、田子の浦のヘドロ問題に取り組んだ。

<竹山祐太郎像>
竣工:1979年11月
像高:
作者:堤達男
撮影時:2021年3月26日
説明:天竜川の船明ダムのダムサイト入口の公園に立つ。
〇白井鐵造 (1900~1983)
演出家。宝塚歌劇団元理事長。宝塚歌劇団で宝塚レビューを形成した第一人者。本名白井虎太郎。静岡県周智郡犬居村(現浜松市天竜区)生まれ。1919年阪急の小林一三が作った「男子養成会」の創設メンバーとして宝塚入りし、1921年演出家としてデビューする。小林の命でパリに行き、レビューの修行をする。帰国後『パリゼット』を発表、羽根扇、タップダンス、ドーランによるメイク、足を高く上げるラインダンスなどを持ち帰った。また主題歌の「スミレの花咲く頃」や「おお宝塚」などを作詞し、現在まで歌い継がれている。

<白井鐵造像>
竣工:1992年3月
像高:
作者:大村富彦
撮影時:2021年3月26日
説明:春野はスゴイ山奥で、記念館は春野文化センターの脇にあるが、この場所は天竜川の支流、気田川の湾曲部にある。西側の山の上が「秋葉神社」の本宮となる。
〇岡本弘之 (1920~1993)
政治家。静岡県周智郡春野町(現浜松市天竜区)生まれ。気多村議、春野町議、静岡県議を経て、県議会議長まで務めた。また静岡県林業組合連合会会長も務めた。

<岡本弘之像>
竣工:1995年2月
像高:
作者:
撮影時:2021年3月26日
説明:春野文化センターには、下記のような「大天狗面」があるが、天狗は秋葉神社の代名詞である。秋葉大権現が「烏天狗」の姿で現れたからとか…。
