銅像ハンターtaguttiの銅像ハンティング記

銅像好きがこじれて20年以上。日本中の銅像ハンティングは続きます…

香川県編  その7

〇宮本秋四郎  (?~1936)

 官僚、政治家。観音寺町長。香川県議会議員。 

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<宮本秋四郎像>

場所:琴弾公園香川県観音寺市八幡町1-1-1)

竣工: 1966年1月

像高:

作者: 織田康越?

撮影時:2019年1月29日

説明:「琴弾公園」と書いたが、正式には琴弾八幡宮から琴弾公園に向かう道沿いの「問答石」の脇に立つ。この巨岩は、琴弾八幡宮を開いた日証上人が、八幡大菩薩と「問答をしたところという。琴弾公園は、ほかにも「妙見石」や「象ヶ鼻石」など巨岩が点在している。

  

〇福田繁芳 (1905~1977)

 政治家。衆議院議員(6期)。日興連汚職事件に関し、懲役1年の実刑判決が出て、賄賂罪による国会議員の失職は初めてであった。 

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<福田繁芳像>

場所:道の駅ことびき(香川県観音寺市有明町3-37)

竣工: 1981年12月

像高:

作者:

撮影時:

説明:琴弾八幡宮から琴弾公園の駐車場に向かう途中の道の駅の前にある。道路沿いなので見つけやすい。

  

〇藤目儀三郎 (?~?)

 教育者。 

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<藤目儀三郎像>

場所:琴弾八幡宮香川県観音寺市八幡町1-1-1)

竣工: 1966年5月

像高:

作者:

撮影時:2019年1月29日

説明:像の台座の顕彰文を読むと、「粟井岩吉」が個人的に立てたもので、粟井氏は現在もある「粟井鋼商事㈱」の創業者であり、藤目儀三郎の恩恵を受けて会社を創業できたというところだろう。

 

 〇琴弾女神  

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<琴弾女神像>

場所:琴弾八幡宮香川県観音寺市八幡町1-1-1)

竣工:

像高:

作者:

撮影時:2019年1月29日  

説明:琴弾八幡宮の由緒によると、703年の3月に暴風雨が吹き荒れた後、海岸に1隻の船が現れ、船内から琴の音が聞こえてきた。琴の主は「われは八幡大神である。宇佐から都へ訪れる途中、この地があまりに美しいので去るに忍びない」と言ったとか。そこで琴の主を船と共に山上に引きあげて神殿を建てたのが「琴弾八幡宮」である。その主が「琴弾女神」だとする。像は神社境内の「十王堂」のあったところだという。

  

〇大久保雅彦 (1890~1973)

 政治家。香川県豊田郡姫之江村(現観音寺市豊浜町)生まれ。豊浜町長を経て、香川県議会議員、県議会議長となり、全国都道府県議会議長会長を務めた。 

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<大久保雅彦像>

場所:一の宮公園(香川県観音寺市豊浜町姫浜)

竣工: 1981年2月

像高:

作者: 原寛山

撮影時:2019年1月29日  

説明:同氏の胸像が、豊浜中央公民館内(観音寺市豊浜町和田浜1531―1)の「大平記念館」にもある。 

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〇高原勇太郎 (1902~?)

 実業家。国光製紙を創設した。長男はユニ・チャームを創設した高原慶太郎(朗)。

国光製紙は現在、「ユニ・チャーム国光ノンヴ―ヴン」となっている。 

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<高原勇太郎像>

場所:ユニ・チャームプロダクツ本社事務所(香川県観音寺市豊浜町和田浜1496―1)竣工: 1997年11月

像高:

作者: 孫七郎?

撮影時:

説明:ユニ・チャームプロダクツの本社工場入り口にいる。工場内ではなく、正門の左手前に立つので、守衛室に断る必要はない。

  

大平正芳 

 略(「香川県編その3」で紹介済み)

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 <大平正芳像>

場所:豊浜八幡宮香川県観音寺市豊浜町和田浜1577―1)

竣工:

像高:

作者:

撮影時:2019年1月29日  

説明:国道11号線から豊浜八幡宮を見ると、鳥居の手前の右側に立つ。国道にも大きな看板が立ち、このあたりの通り自体が「大平記念通り」と名付けられている。また近くの観音寺市豊浜支所(観音寺市豊浜町和田浜1531―1)の「大平記念館」にも胸像がある。 

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〇浦島太郎 (?~?)

 浦島太郎の伝説は日本各地にあるが、香川県三豊市詫間町もその一つである。市内の荘内半島付近はかつて「浦島」と呼ばれ、浦島公園に「浦島太郎の墓」があり、太郎が亀を助けたのが「鴨之越」などである。この「鴨之越」から干潮時にだけ歩いて渡れる丸山島には「浦島神社」もあるのだ。町内では、詫間大橋とJR詫間駅前に浦島像がある。この他にたくまポートメモリアルパーク香川県三豊市詫間町詫間1338−139)に若い浦島がカメに載った像もあるが、写真を撮れていない。 

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 <浦島太郎像>

場所:詫間大橋(香川県三豊市詫間町詫間6782―8)

竣工: 1991年3月(これが橋の竣工なので同じと思われる)

像高:

作者:

撮影時:2019年1月29日

説明:JR詫間駅前(香川県三豊市詫間町松崎1661―18)には、亀を助けるシーンの像がある。 

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月照 (1813~1858)

 幕末期の尊王攘夷派の真言宗僧侶。讃岐国吉原村(現善通寺市)生まれ。京都清水寺成就院の僧侶なり、尊王攘夷派の志士と関係を持ち、徳川14代将軍をめぐる将軍継嗣問題において、一橋派に与したため、幕府から危険人物とみなされた。安政の大獄で追われる身となり、親交のある西郷隆盛に請われて薩摩に逃げた。しかし薩摩藩では厄介者扱いされ、西郷と錦江湾で入水自殺をした(西郷は一命を取り留めた)。墓所清水寺(京都)と南洲寺鹿児島市)にあり、南洲寺には石像がある。 

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 <月照像>

場所:牛額寺薬師堂(香川県善通寺市碑殿町660)

竣工: 1978年4月再建(元の像は1930年に作られるも戦時中に金属供出)

像高:

作者:

撮影時:2019年1月29日  

説明:石像である。牛額寺から北へと入った「牛穴」の脇に立つ。この牛穴は、もともと牛額寺のあったところ。今は薬師堂がひっそりと立つ。その奥に像はある。2体の石像が並び立つが、向かって左が下記の信海、右が月照である。

  

〇信海 (1821~1859)

 幕末期の尊王攘夷派の真言宗僧侶。月照の弟。讃岐国吉原村(現善通寺市)生まれ。兄の死後、京都清水寺成就院の僧侶なったが、幕府に捕縛され江戸で獄死した。 

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<信海像>

場所:牛額寺薬師堂(香川県善通寺市碑殿町660)

竣工: 1978年4月再建(元の像は1930年に作られるも戦時中に金属供出)

像高:

作者:

撮影時:2019年1月29日

説明:石像である。