銅像ハンターtaguttiの銅像ハンティング記

銅像好きがこじれて20年以上。日本中の銅像ハンティングは続きます…

神奈川県編  その6

野口英世 (1876~1928)

 医師、細菌学者。福島県耶麻郡三ツ和村(現福島県耶麻郡猪苗代町)生まれ。高等小学校卒業後済生学舎(日本医科大学の前身)に通い、医術開業試験を通って医師となる。渡米しロックフェラー医学研究所の研究員となり、主に細菌学の研究に従事、梅毒や黄熱病の研究で知られる。

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野口英世像>

場所:野口英世記念公園旧細菌検査室(神奈川県横浜市金沢区長浜114-4)

竣工:

像高:

作者: 後藤良二(1997年に会津生まれの新田正夫氏から寄贈されたもの)

撮影時:2021年12月18日

説明:旧細菌検査室は、1895年に長浜検疫所の建物群の一つとして建てられたもので、1899年に野口英世が検疫補として約5カ月間、検疫業務をおこなったところ。関東大震災で崩壊し、その翌年再建されたもの。隣接する長浜ホールの1F右手の資料室には、北村西望作のものがある。

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また公園を出て西に向かうと、すぐに「横浜検疫所」があるが、その門の脇にレリーフ像も立っている。

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県外では出身の会津に多くの野口像があり、東京の上野公園にも全身像があるが、栃木県などには小学校に野口像が多くある。

 

〇黒土四郎(くろつちしろう) (1888~1967)

 教育者。青森県東津軽郡今別村(現今別町)出身。東京高等師範学校(現筑波大学)を卒業後、各地の中学・高等女学校で教鞭をとり、1942年に旧制横浜中学校(現横浜中学校・高等学校)を創立する。

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(あえてバックに京急を入れてみました…)

<黒土四郎像>

場所:横浜高等学校(神奈川県横浜市金沢区能見台通46-1)

竣工: 1958年6月

像高:

作者:

撮影時:2021年12月18日

説明:黒土先生の古希記念の寿像である。横浜高校松坂大輔投手ほか多くのプロ野球選手を輩出した学校。実はこの前の野口英世記念公園は、その横浜高校野球部専用グラウンドの脇にある(というか、公園の脇に野球部のグラウンドができた)。学校から徒歩で15分程度の距離である。

 

〇関寅吉 (1902~)

 漁師、実業家、政治家。神奈川県久良岐郡屛風ヶ浦町中原(現神奈川県横浜市磯子区中原)生まれ。屛風ヶ浦漁業組合長、神奈川県内湾漁業組合連合会副会長、横浜市議会議員などを歴任する。

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<関寅吉像>

場所:熊野神社(神奈川県磯子区中原4-5)

竣工: 1964年3月

像高:

作者: 井上信道

撮影時:2021年12月18日

説明:京急杉田駅の西口を出て、線路沿いを横浜方面へ進み、最初の角を左折(この道が熊野神社参道)、突き当りの右側に神社はある。ここの神社の石碑は、みんな「皇紀」で表示されている。また現在はかなり内陸に位置するが、当時は国道16号線辺りまでが海辺だったようで、漁業が盛んであったことがわかる。

 

〇秋山二郎 (?~?)

 神奈川機器工業㈱の創業者。船舶の燃料濾過装置を作った。

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<秋山二郎像>

場所:神奈川機器工業㈱(神奈川県磯子区岡村8-19-1)

竣工:

像高:

作者:

撮影時:2021年12月18日

説明:久良岐公園にへばりつくようにある谷間にある会社。かなり以前に友人から銅像があることを聞き訪れるが、予想通り閉門しており、公園の中から超望遠で撮影した。

 

リチャード・ヘンリー・ブラントン (1841~1901)

 イギリス人の土木技術者。スコットランドアバディーンシャー州生まれ。明治政府に雇われ、主に灯台建設をおこなう。任期の7年6か月の間に、灯台26(和歌山県樫尾崎、千葉県犬吠埼兵庫県和田岬などなど)、灯竿5(横浜西波止場など)、灯船2を設計し、「日本の灯台の父」と呼ばれる。

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リチャード・ヘンリー・ブラントン像>

場所:横浜公園(神奈川県横浜市中区横浜公園

竣工:

像高:

作者: 澄川喜一

撮影時:2021年12月18日

説明:横浜公園に像があるのは、この公園の設計に携わったから。現在は横浜スタジアムがあるなど華やかな場所だが、元々横浜開港時には「港崎遊郭」があった。しかし1866年の大火事(通称「豚屋火事」)によって焼失し、その後の復興が遅れていた。そこで明治政府はブラントンに公園の設計を依頼した(公園としては「山手公園」に次いで日本で2番目に古い公園)。当初は「彼我公園」と呼ばれた。その後米軍の接収を受け、野球場(返還後1952年「平和球場」と呼ばれる)や体育館などが建てられた。

 

〇赤い靴(佐野きみ…) (佐野きみだとすると、1902~1911)

 童謡『赤い靴』の主人公。野口雨情が作詞した。2番で「横浜の埠頭(はとば)から汽船(ふね)に乗って 異人さんに連れられて行っちゃった」と歌われる。研究によると、現静岡県の清水(静岡県静岡市清水区)出身の母の岩崎かよは、未婚の母として「きみ」を育てるが、北海道に渡り、結婚すると社会主義思想の考えから牧場に入植する。しかし生活は苦しく、きみの養育をアメリカ人宣教師のヒュエット夫妻に託した。やがてヒュエット夫妻はアメリカに帰ることとなるが、きみは結核に冒されており、長旅に耐えられないと考え、東京麻布の孤児院「永坂孤女院」に入れられる。そのままここで亡くなった。ただこの研究について様々な論議がされているらしい。

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<赤い靴像>

場所:山下公園(神奈川県横浜市中区山下町279

竣工: 1979年11月

像高:

作者: 山本正道

撮影時:2021年12月18日

説明:横浜市は、観光スポットを回る遊覧バスに「赤い靴」号と名付けているし、横浜駅の中央通路の待ち合わせ場所も、この赤い靴がモチーフである。赤い靴の像は、出身とされる静岡県日本平、死亡した東京都の麻布十番、転居した北海道の留寿都村小樽市函館市青森県鰺ヶ沢町にもある。

 

〇キリスト 略

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キリスト像

場所:横浜天主堂跡(神奈川県横浜市中区山下町80)

竣工: 1963年4月

像高:

作者:LUGA.M.MORIKAWAと刻される

撮影時:2021年12月18日

説明:この地は横浜天主堂跡地。1862年に横浜居留地80番に建てられた、日本初の近代カトリック教会の聖堂。1906年に横浜山手に移転し、現在のカトリック山手教会となる。この銅像兼碑は、聖堂創建100周年を記したもの。「横浜ディアタワー」というマンションが建ったため、少し移転しているようで、みなとみらい線元町・中華街駅」の2番「山下町口」を出たところに立つ。

 

〇R・C・ピアソン夫人 (?~?)

 1863年に横浜居留地の97番に、イギリスから来たこの婦人が、ドレス・メーカー「サムエル・クリフト支店」を開店したのが、日本の洋裁業のはじまりとされる。その頃から在留の西洋婦人は、日本人の足袋職人、和服仕立職人を雇って、婦人洋服仕立人にしていたらしい。

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<ピアソン夫人像>

場所:メトロタワー山下町(神奈川県横浜市中区山下町84)

竣工:1995年11月

像高:

作者:

撮影時:2021年12月18日

説明:30センチほどの小さな像であり、脇にはガス灯を模した銅碑と碑文も立っている。みなとみらい線元町・中華街駅」の3番出口「中華街口」を出てすぐである。